Team DiET メールマガジンバックナンバー
Team DiET Colloquium vol.73
一次予防でのスタチン投与がもたらす心血管イベント抑制効果と糖尿病発症リスク
ーJUPITER試験の追加解析ー
Cardiovascular benefits and diabetes risks of statin therapy in primary
prevention
: an analysis from the JUPITER trial
(The Lancet, Volume 380, Issue 9841, Pages 565 - 571, 11 August 2012)
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(12)61190-8/abstract
【背景】
・スタチン製剤はJUPITER試験において、心血管イベントを減らすことが証明された。
・一方、スタチン製剤は糖尿病の危険因子であることも示唆されている。
<JUPITER試験>
■デザイン:多施設2重盲検ランダム化比較試験(26カ国1315施設)
■対象:LDL-Cは正常ながら高感度CRP値が高い症例17,802例
・LDL<130mg/dL
・高感度CRP≧2mg/L
・TG<500mg/dL
・心血管イベントの既往なし
・男性50歳以上、女性60歳以上
■割付(1:1の割合)
◎ロスバスタチン群(8,901名)
クレストール20mg/日投与
◎プラセボ群(8,901名)
■主要評価項目
・心血管イベントの発症
(心筋梗塞、脳卒中、血行再建術施行、入院を要する不安定狭心症および
心血管死の複合リスク)
■追跡期間
・1.9年(中央値)(プライマリエンドポイントの有意な減少を認めたため早期中止)
■結果要旨
・ロスバスタチン群ではプラセボ投与群に比し、心血管イベントの発症を44%減少させ、
総死亡を20%抑制した。
・医師の報告による糖尿病の新規発症は、ロスバスタチン群で有意に多く認められた。
【目的】
・JUPITER試験による心血管イベントの抑制効果と糖尿病発症リスクのバランスについて
検討を行う。
【方法概要】
<JUPITER試験の追加解析>
■デザイン:JUPITER試験に準ずる
■対象:JUPITER試験に準ずる
■割付:糖尿病発症に関する4大危険因子の有無
※糖尿病4大危険因子とは、メタボリックシンドローム、
100mg/dl<空腹時血糖<126mg/dl、BMI≧30kg/m2、HbA1c≧6.0%をさす。
◎糖尿病リスクなし群(6,095例)
糖尿病の4大危険因子を1つも持たない
◎糖尿病リスクあり群(11,508例)
糖尿病の4大危険因子を1つ以上持つ
■追跡期間:5年
■主要評価項目
・糖尿病の発症および心血管イベントの発症(心筋梗塞、脳卒中、血行再建術施行、
入院を要する不安定狭心症および心血管死の複合リスク)
【結果概要】
・患者背景は、糖尿病リスクあり群は糖尿病リスクなし群と比し、女性がやや多く、
平均血圧、HbA1c、血糖、中性脂肪が高い傾向にあったものの、HDLコレステロールは
低い傾向にあり、喫煙は少なかった。
・試験期間中の糖尿病発症は以下の通りであり、ロスバスタチン群で有意に多かった。
ロスバスタチン群:270例
プラセボ群 :216例
・また、糖尿病診断までの平均期間は以下の通りであり、プラセボ群と比し、5.4週早かった。
ロスバスタチン群:84.3週
プラセボ群 :89.7週
・糖尿病リスクあり群の主要評価項目は以下の通りであり、ロスバスタチン投与群では、
54例の糖尿病を発症させた代わりに、134例の心血管イベントや死亡を回避できた。
・心血管イベント発症:プラセボ群と比し、39%減少
・静脈塞栓発症 :プラゼボ群と比し、36%減少
・総死亡 :プラセボ群と比し、17%減少
・糖尿病発症 :プラセボ群と比し、28%増加
・糖尿病リスクなし群の主要評価項目は以下の通りであり、ロスバスタチン投与群では、
糖尿病を発症させず、86例の心血管イベントや死亡を回避できた。
・心血管イベント発症:プラセボ群と比し、52%減少
・静脈塞栓発症 :プラゼボ群と比し、53%減少
・総死亡 :プラセボ群と比し、22%減少
・糖尿病発症 :プラセボ群と同等
・心血管イベントおよび総死亡の累積発症数は、糖尿病リスクのありなしに関わらず、
プラセボ群と比し、ロスバスタチン群で減少した。
・糖尿病の累積発症数は、糖尿病リスクなし群ではスタチン投与のありなしに関わらず、
同等であったが、糖尿病リスクあり群では、プラセボ群と比し、ロスバスタチン群で
増加傾向となった。
【結論要旨】
・スタチン投与による心血管系イベントの予防効果は、糖尿病発症の危険性を上回ることが
示された。
・今回の研究が、スタチンの使用に関して、臨床医にとって有益な情報であったと考えられる。
・また、まだ知られていないスタチンが、糖尿病を増加させるメカニズムの解明の一助に
なることが期待される。
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【Team DiET の議論】
スタチンは心血管イベントの予防や予後改善に有効であるため、多くの医療現場で使われている
薬剤です。
本論文はあらためて、スタチンの糖尿病発症リスクを浮き彫りにしました。加えて、スタチンによる糖尿病発症リスクが高まる患者の特徴にも踏み込まれており、臨床的にも有用な情報となっています。その上で、メリット(心血管イベント抑制)がデメリット(糖尿病発症)を上回ったことが示され、スタチン投与を継続する根拠が示されました。
一方で、この結果は集団としての相対的割合であり、個々人を見ているわけではありません。
糖尿病を発症した患者は、スタチンは100%糖尿病発症を高めたと感じます。スタチンで心血管イベントが抑制されたとしても、糖尿病を発症してしまった患者にとってのメリットは懐疑的になります。大規模試験の結果を現場に適応していく時には常に考慮しなければいけないピットフォールです。
2010年にLancetにて報告された「Statins and risk of incident diabetes
: a collaborative meta-analysis of randomised statin trials
(Lancet. 2010; 375: 735-42)」では、スタチン群はプラセボ群と比し、
糖尿病発症リスクが、9%増大したと報告しています。
(13試験の大規模ランダム化比較試験・非糖尿病9万1,140例が対象・平均追跡期間4年間)
これは計算上、255人に4年間のスタチン治療を行うと,糖尿病が1例発症することになります。
このような研究結果を受け、2012年2月米FDAがスタチンの副作用として、血糖上昇リスクを
記載するように促しました。
2012年に報告された「Statins: Is It Really Time to Reassess Benefits and
Risks?(N Engl J Med 2012; 366:1752-1755)」では、糖尿病の新規発症原因は、
スタチン服用ではなく、高年齢・空腹時血糖高値・メタボリックシンドロームなどの
糖尿病のリスク因子を保持していた患者に投与されていたことが考えられるとしており、
今回の論文の結果と一致します。
ただ、日本人のようなインスリン分泌不全の民族で、このようなリスク因子が
同様に抽出されるかは不明です。
一方、プラバスタチン(40mg/日)群およびプラセボ群にランダム化したWOSCOPS試験では、
プラセボ群と比し、プラバスタチン群で糖尿病発症リスクが低いという報告もあります。
糖尿病を発症していない患者にはプラバスタチンを、糖尿病を発症して心血管イベント発症の
リスクが上がった患者には、ロスバスタチンを投与するといったように、メリット・
デメリットを考慮し、スタチンを使い分ける必要性もあるのかもしれません。
そして最も大切なことは、スタチンを患者に投与した場合には、糖尿病のあるなしに関わらず、
いつも以上に血糖管理に目を向けるべきと考えます。
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